May 31, 2007

日本の民法733条

離婚後の再婚期間短縮案、またそれが白紙に戻されたことに関し、納得がいかないのは私だけではないと思う。昨今では、親子関係はDNAで鑑定できるし、離婚した時点で妊娠しているかどうかも検査ですぐ判明できるのに、なぜ再婚禁止期間が、女性にだけあるのだろう? 日本では「どうしても再婚禁止期間が必要」というのであれば、男性も300日の再婚禁止期間を設ければいいと思う。子供は女性から自然に生まれてくるわけではないのに、男性にも責任がある行為を、女性だけが負うというのは公平ではないですね。

加えて、日本政府が少子化問題を深刻に考えるなら、「子供を生みたい、育てたい」と思う人が、安心して子供を持てるよう選択肢を設けなければいけないと思う。現代医学の発達により、妊娠する方法もさまざま、日本でもライフスタイルは多様化しているし、また、自分で生んだ子供を殺す親もいることを考えれば、子供を生んだ人が親になるのではなく、子供を大切に育てる人が親なのだと、政府はなぜ考えることができないのだろうか? 向井亜紀さんの子供たちがご夫婦の子と認知されていないこと、日本国籍すら与えられていないと聞き、その先進国とは思えない日本の判断に、ただただ驚くばかり。アザラシの何とかちゃんにさえ、住民票を与えた国なのに...。

子供を持つことが女性にとって、どれだけの犠牲と負担になるか、自民党の女性議員でさえご存知ないらしい。昨今は、結婚しても離婚するかもしれない。そうなると、男性ほどの収入にはならなくても、仕事は続けておいた方がいい。もちろん、家事も育児も男性はサポートするだけで、特に日本の場合、ほとんどは女性の役割。これらすべての条件を考えると、よほど環境が整ったラッキーな女性以外で、子供を持とうという気になるだろうか。こんな時代錯誤の日本は、滅んでも仕方ないでしょう。

男も女も人間として平等に大切なはず。現在、日本の経済を支えているのも、その半数は女性によるもの。戦後生まれの総理大臣が誕生した日本に期待していたけど、日本は何も変わっていない。「美しい日本」の実現には、まず国民が幸せであることが大前提のはず。安倍総理の言う美しい日本づくりとは、いったい誰のための、何のためのものなんでしょうか? ご存知の方、教えてください。

May 30, 2007

世界のアメリカ標準化

以前「ほぼ日刊イトイ新聞」のダーリンコラムを読んで、糸井さんにメールした事がある。それは世界中でアメリカが標準になってきているという話題だった。現在の大統領が大統領だけに、「アメリカ標準化」とはおおよそ否定的になりがちだし、事実そうなのだけれど、私にとっては「目から鱗」とも言える事実があったことは認めざるを得ない。

アメリカ、というよりニューヨークで私が学んだことは、まさに人の価値観。「紋切り型文化・アメリカにいて何を言う」と思われかもしれないけれど、価値観においては、ニューヨークを含むアメリカの大都市はかなり進んでいると思う。ただ、それを阻止しているのがアメリカ政府といっても過言ではない。よくも悪くも宗教を信じてる人の多い国だから。

具体的に例を挙げると、ゲイカップルが仲良く生活をともにしていること、さらには彼らが養子を受け入れて育てていること (何もみんなゲイになればいいと言ってるのではない)。日本にいる時、私にはある意味とても典型的な物事の見方しか備わっていなかったので、当初はもちろん「アメリカ人、自由を追い求めるのはいいが、そこまでするか」と思っていた。でも、寄せ集めだけど幸せそうな、そんな家族を見ているうちに「幸せなら、それでいいじゃないか」と思うようになった。いがみあってばかりの家庭で愛情を知らずに育つより、女の子に生まれたばっかりに中国でひどい扱いを受けるより、愛情たっぷりの家庭に養子として受け入れる方がずっと幸せに決まっている。

「人並みの普通の生き方をしてきたつもり」なのに、幸せじゃない人なんてざらにいる。それは他人の期待とか、世間の目とかを気にするあまり、あるいは自分の幸せが何なのかわからないまま、人と同じ人生を送ってしまった人たちの悲劇だ。自分が幸せでいられる方法を知っている人が、どんな状況でも一番の幸せ者だと思う。

確かにアメリカは何でもお金で価値を決めようとする傾向があるけれど、少なくとも人種の入り交じったニューヨークのような都市は、日本社会のように閉鎖的ではない。もちろん、日本を離れたからこそわかる日本の良さも実感しているし、 (本音を言うなら) いい加減、自己主張ばっかりで、人の立場になって考えることができない人が多いアメリカもたくさん見た。 でも、自分で責任の持てる範囲で手に入れたカスタムメイドの自由で、幸せならそれでいいと思う。 他人が口をはさんだところで、所詮自分の人生。他人の生き方に従う必要はない。

「みんな違うのだから、みんなへんで当たり前」というのを前提に仲良くやっていく方法を探るのが、これからの政治であってほしいと思う。6年前の9月11日、目の前でツインタワーが崩れ落ちるのを見てから、いっそうその思いが強くなった。