アメリカでプライムタイムによく放送されている、一般の人たちが参加する番組の中に、そこそこいい感じの独身男性(時々女性版もある)が25人の中から理想の人を選んでプロポーズするものがある。最初の頃は興味深く見ていたが、公認で複数の相手と同時にデートするのだから、ドロドロした人間関係もテレビに映し出される。すべてオンエアされているのに、平気で怒ったり泣いたりののしったり、喜びのあまり叫んだりしている。素人出演者の肝っ玉もやはりアメリカサイズだ。
日本では『Sex and the City』も人気番組らしいし、合コンなどで知り合うことも多いのなら、デートシーンも欧米化してるのかもしれないが、デートの定義はちょっと日本と違うような気がしたので、さんざんデートしてきた男性ニューヨーカーに聞いてみた。彼曰く、ステディになるまでは、大まかに4段階あるらしい。
第1段階:
まずデートそのものは、ただ知り合う手段にしか過ぎず、そのまま友達になってしまったり、それっきり会わなくなったりすることもある。この時点では、最初、あるいは数回のデートで意気投合しようが、キスしようが、いきつくところまでいってしまおうが、相手はそれほどの感情はなく、複数とデートしていると考えておいた方がいい。
第2段階:
頻繁に会うようになり、気心が知れた雰囲気になってくる。お互いの友達に会って一緒に出かけることもある。でも、まだステディになったわけではなく、チャンスがあれば異性に出会うチャンスのあるところへ出かけて行って、別の人とデートしたりする。選択肢は持てるだけもっておくという考え。このレベルでもステディになったと思ってはいけない。
第3段階:
毎日会わなくても、どちらからともなく連絡を取り合うようになる。相手の気持ちが確認できた上で (ここで初めて“LOVE”という言葉に意味が含まれるようになる)、デートの相手を一人にする。お互いをボーイフレンド、ガールフレンドと呼び、仲間内でも公認になる。家族にもそう言って紹介し合う。
第4段階:
このレベルでは、一緒にいることはもうデートとさえ呼ばない。お互いに将来の話をしたり、家族の行事に一緒に出かけたりする。
注意したいのは、最初の段階で、いきつくところまでいったり、一緒に住み始めたりすると、相手の気持ちがわかりにくくなるばかりか、自分を粗末にしていると、相手のことを見下しやすいらしい。またアメリカではデート相手の友達や家族に会うこともカジュアルだから、最初の段階では、あまりそこに意味を見いださない方がいい。でも、つきあってしばらくしても、相手の友達にも家族にも会ってないようなら、第3段階に進んだと考えない方がいい。また第2段階を飛び越してステディになるケースもあるが、あまり時間が短いと、相手に失望するような出来事があると関係そのものが消滅してしまう可能性が高い。
ちなみに、ロサンゼルスに住む友人から、すごい話も聞いた。ロスで最初にデートする時は、デートの相手が迎えにくると言っても、現地まで自分で行くのが賢いデートらしい。というのも最初のデートでいきつくところまでいきつけそうにない相手だと男性が思ったら、レストランで勘定の前に「トイレへ行く」と行ってさっさと退散するので、食い逃げられるわ、家までの足はないわで、さんざんな目に遭うこともあるとのこと。いったいどこで知り合った、どんな相手のことを言っているんだろう?
ある意味、このレベルチェック方法は理にかなっていると思う。アメリカ人男性(女性)とデートしている人、ひとり芝居にならないよう、ぜひ参考にしてください。お互いが同じレベルで恋愛しないと発展しにくいし、彼(彼女)らは、恋におちるまではデートも合理的に考えてますよ。
July 18, 2007
July 11, 2007
星条旗を降ろそう
タイムリーな記事がオンラインに掲載されていた。
「9月11日以来、アメリカ人の団結の象徴だった巨大な星条旗。もはや『開戦は、アメリカの誤りであった』ことの象徴にすりかわってしまった今、歴史と由緒あるクランドセントラル駅の構内に掲げられたこの星条旗を、そろそろ降ろしましょう」という内容のもの。
"Gothamist" Local Online News in New York City:
http://gothamist.com/2007/07/11/the_flag_in_gra.php
"New York Observer"
http://www.observer.com/2007/time-flags-leave-station
News Source:
http://www.johnlumea.com/2007/07/at-grand-centra.html
さすが、発想がニューヨークらしい。
「9月11日以来、アメリカ人の団結の象徴だった巨大な星条旗。もはや『開戦は、アメリカの誤りであった』ことの象徴にすりかわってしまった今、歴史と由緒あるクランドセントラル駅の構内に掲げられたこの星条旗を、そろそろ降ろしましょう」という内容のもの。
"Gothamist" Local Online News in New York City:
http://gothamist.com/2007/07/11/the_flag_in_gra.php
"New York Observer"
http://www.observer.com/2007/time-flags-leave-station
News Source:
http://www.johnlumea.com/2007/07/at-grand-centra.html
さすが、発想がニューヨークらしい。
July 8, 2007
愛国心の表現方法
アメリカは人目をはばからず「アメリカはNo. 1」といい、星条旗を掲げて愛国心を形にして表現する。でも、この愛国心むき出しの行為に、アメリカ人自身が疑問を持ったことがあったことはあまり知られていない。
2001年9月11日のすぐ後だった。アメリカはテロ行為に屈しないことを世界に向けて知らしめるために、ありとあらゆる公共の場所、各家庭の玄関先に星条旗を上げた。この時、ドイツから友達が訪ねてきていて、空港が全面閉鎖され、予定通りに帰国の途につけなくなったので、ずっと私のアパートに滞在していた。二人で街を歩きながら、私たちは初めて自分たちの国について語りはじめた。
「もし同じことがドイツで起こっても、私たちはアメリカみたいに国旗で通りを埋め尽くすことはないと思う」
「私も日本がこんなふうに日の丸を揚げるとは思えない」
「でも、自分の国をここまで誇れるなんて、アメリカがちょっとうらやましい。私はドイツ人であることを誇りに思っているけど、ドイツはもっと複雑だから... 」私も同感である。日本に生まれたことをとても誇りに思っているが、それは日の丸で表現できない。
しかし、その後アメリカは過激な方向へと向って行った。「星条旗を揚げない家は非国民だ」と。いろいろなところで論争も起きた。学識のある人たちは、あえて星条旗を揚げないという選択をし「愛国心が星条旗だけで計られてはいけない」と言った。そして今、アメリカは世界からだけでなく、アメリカ国民からも自分達の国が間違った方向に向っていると批判されている (とはいえ、大統領の決断に対するものだが)。アメリカはベトナム戦争以来、初めて自分達の国を見つめ直している。軍事大国とはいえ、むやみやたらに戦争していいものか、国益のために若い兵士の命をうばってもいいのかと。
今、日本で日の丸を掲げ、君が代を歌うことをはじめとした「愛国心」を教えるという教育方針が学校教育に盛り込まれると聞いた。瀬戸内静寂さんもおっしゃっているように、愛国心ばかりは教えられない。誰かのことをむりやり愛することはできない。日本の総理はご存知だと思うが、あなたの発言は一字一句、瞬時に各言語に訳されて世界中にオンラインで報じられている。一国の総理なら「Think Globally, Act Locally」という言葉をいつも念頭に置いていてほしい。さもないと、アメリカのように日本が世界から非難を浴びる日がくる。そして被害を被るのは、総理ではなく、日本国民であるということも自覚してほしい。
2001年9月11日のすぐ後だった。アメリカはテロ行為に屈しないことを世界に向けて知らしめるために、ありとあらゆる公共の場所、各家庭の玄関先に星条旗を上げた。この時、ドイツから友達が訪ねてきていて、空港が全面閉鎖され、予定通りに帰国の途につけなくなったので、ずっと私のアパートに滞在していた。二人で街を歩きながら、私たちは初めて自分たちの国について語りはじめた。
「もし同じことがドイツで起こっても、私たちはアメリカみたいに国旗で通りを埋め尽くすことはないと思う」
「私も日本がこんなふうに日の丸を揚げるとは思えない」
「でも、自分の国をここまで誇れるなんて、アメリカがちょっとうらやましい。私はドイツ人であることを誇りに思っているけど、ドイツはもっと複雑だから... 」私も同感である。日本に生まれたことをとても誇りに思っているが、それは日の丸で表現できない。
しかし、その後アメリカは過激な方向へと向って行った。「星条旗を揚げない家は非国民だ」と。いろいろなところで論争も起きた。学識のある人たちは、あえて星条旗を揚げないという選択をし「愛国心が星条旗だけで計られてはいけない」と言った。そして今、アメリカは世界からだけでなく、アメリカ国民からも自分達の国が間違った方向に向っていると批判されている (とはいえ、大統領の決断に対するものだが)。アメリカはベトナム戦争以来、初めて自分達の国を見つめ直している。軍事大国とはいえ、むやみやたらに戦争していいものか、国益のために若い兵士の命をうばってもいいのかと。
今、日本で日の丸を掲げ、君が代を歌うことをはじめとした「愛国心」を教えるという教育方針が学校教育に盛り込まれると聞いた。瀬戸内静寂さんもおっしゃっているように、愛国心ばかりは教えられない。誰かのことをむりやり愛することはできない。日本の総理はご存知だと思うが、あなたの発言は一字一句、瞬時に各言語に訳されて世界中にオンラインで報じられている。一国の総理なら「Think Globally, Act Locally」という言葉をいつも念頭に置いていてほしい。さもないと、アメリカのように日本が世界から非難を浴びる日がくる。そして被害を被るのは、総理ではなく、日本国民であるということも自覚してほしい。
July 4, 2007
グレーゾーンの美しさ
「正しいこと」と「良いこと」は時々違う。
「正しいこと」は、時代や法律によって変わる。
「良いこと」をするとは、自分の良心に従うこと。
この選択を迫られた時、「正しいこと」を選ぶ理由はただ一つ。自分の利益になるから。
「良いこと」をすると人から非難されるかもしれない。でも誰かを救えるかもしれない。
小学生の頃受けた道徳の授業は、モラル哲学の学習だ。今思えば心の育成を掲げたとても高度な教育だったと思う。小学生がいろいろなケースについて議論しあうが、もちろんここには正解はない。自己主張ばかりでは、相手の立場もいい分も理解できないし、妥協点は見いだせない。 実際、世の中は白黒のつけられないグレーゾーンだらけだ。それを、いろんな立場に自分をおいてケースバイケースで考える。
このグレーゾーンこそが「優しさ」や「人情」だったりする。その昔、日本には至るところにあった。誰かに叱られても、誰かに慰めてもらったり、助けてもらったりした。このバランスが人を成長させる。
総理の言う「美しい日本」構想は、当初「美しい日本をめざす」発言時に、具体的な案はなかったのだろうか? 本当に賢い人は、「私は賢い」とはいわない。本当に美しい人も然り。日本を美しくするのは、情緒ある日本の風情でもなく、日本食でもなく、伝統芸能でもなく、人情だと私は思う。白と黒の間にある心のグレーゾーンこそが、日本人の美だ。この「人情」というグレーゾーンの狭まった今の日本社会には、日本の粋も、優しさも美しさも欠落している。政府は「美しい日本」を連発するのをやめ、日本人が自国を好きになるような国づくりを先決させるべきだ。その向こう側に、心身ともに美しい日本が、静かに微笑んでいると思う。
ところで、道徳の授業はいまも日本の学校に存在し、子供達の日常生活に活かされているのだろうか? 子供たちだけでなく、子供をもつ親の世代も、もう一度学んだ方がいいと思う。最近の親は言いたい放題で、学校の先生が対処に困るくらいひどいらしいから。
「正しいこと」は、時代や法律によって変わる。
「良いこと」をするとは、自分の良心に従うこと。
この選択を迫られた時、「正しいこと」を選ぶ理由はただ一つ。自分の利益になるから。
「良いこと」をすると人から非難されるかもしれない。でも誰かを救えるかもしれない。
小学生の頃受けた道徳の授業は、モラル哲学の学習だ。今思えば心の育成を掲げたとても高度な教育だったと思う。小学生がいろいろなケースについて議論しあうが、もちろんここには正解はない。自己主張ばかりでは、相手の立場もいい分も理解できないし、妥協点は見いだせない。 実際、世の中は白黒のつけられないグレーゾーンだらけだ。それを、いろんな立場に自分をおいてケースバイケースで考える。
このグレーゾーンこそが「優しさ」や「人情」だったりする。その昔、日本には至るところにあった。誰かに叱られても、誰かに慰めてもらったり、助けてもらったりした。このバランスが人を成長させる。
総理の言う「美しい日本」構想は、当初「美しい日本をめざす」発言時に、具体的な案はなかったのだろうか? 本当に賢い人は、「私は賢い」とはいわない。本当に美しい人も然り。日本を美しくするのは、情緒ある日本の風情でもなく、日本食でもなく、伝統芸能でもなく、人情だと私は思う。白と黒の間にある心のグレーゾーンこそが、日本人の美だ。この「人情」というグレーゾーンの狭まった今の日本社会には、日本の粋も、優しさも美しさも欠落している。政府は「美しい日本」を連発するのをやめ、日本人が自国を好きになるような国づくりを先決させるべきだ。その向こう側に、心身ともに美しい日本が、静かに微笑んでいると思う。
ところで、道徳の授業はいまも日本の学校に存在し、子供達の日常生活に活かされているのだろうか? 子供たちだけでなく、子供をもつ親の世代も、もう一度学んだ方がいいと思う。最近の親は言いたい放題で、学校の先生が対処に困るくらいひどいらしいから。
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