May 30, 2007

世界のアメリカ標準化

以前「ほぼ日刊イトイ新聞」のダーリンコラムを読んで、糸井さんにメールした事がある。それは世界中でアメリカが標準になってきているという話題だった。現在の大統領が大統領だけに、「アメリカ標準化」とはおおよそ否定的になりがちだし、事実そうなのだけれど、私にとっては「目から鱗」とも言える事実があったことは認めざるを得ない。

アメリカ、というよりニューヨークで私が学んだことは、まさに人の価値観。「紋切り型文化・アメリカにいて何を言う」と思われかもしれないけれど、価値観においては、ニューヨークを含むアメリカの大都市はかなり進んでいると思う。ただ、それを阻止しているのがアメリカ政府といっても過言ではない。よくも悪くも宗教を信じてる人の多い国だから。

具体的に例を挙げると、ゲイカップルが仲良く生活をともにしていること、さらには彼らが養子を受け入れて育てていること (何もみんなゲイになればいいと言ってるのではない)。日本にいる時、私にはある意味とても典型的な物事の見方しか備わっていなかったので、当初はもちろん「アメリカ人、自由を追い求めるのはいいが、そこまでするか」と思っていた。でも、寄せ集めだけど幸せそうな、そんな家族を見ているうちに「幸せなら、それでいいじゃないか」と思うようになった。いがみあってばかりの家庭で愛情を知らずに育つより、女の子に生まれたばっかりに中国でひどい扱いを受けるより、愛情たっぷりの家庭に養子として受け入れる方がずっと幸せに決まっている。

「人並みの普通の生き方をしてきたつもり」なのに、幸せじゃない人なんてざらにいる。それは他人の期待とか、世間の目とかを気にするあまり、あるいは自分の幸せが何なのかわからないまま、人と同じ人生を送ってしまった人たちの悲劇だ。自分が幸せでいられる方法を知っている人が、どんな状況でも一番の幸せ者だと思う。

確かにアメリカは何でもお金で価値を決めようとする傾向があるけれど、少なくとも人種の入り交じったニューヨークのような都市は、日本社会のように閉鎖的ではない。もちろん、日本を離れたからこそわかる日本の良さも実感しているし、 (本音を言うなら) いい加減、自己主張ばっかりで、人の立場になって考えることができない人が多いアメリカもたくさん見た。 でも、自分で責任の持てる範囲で手に入れたカスタムメイドの自由で、幸せならそれでいいと思う。 他人が口をはさんだところで、所詮自分の人生。他人の生き方に従う必要はない。

「みんな違うのだから、みんなへんで当たり前」というのを前提に仲良くやっていく方法を探るのが、これからの政治であってほしいと思う。6年前の9月11日、目の前でツインタワーが崩れ落ちるのを見てから、いっそうその思いが強くなった。