昨日、おもしろい議論をした。結果から言うと、人は自分の経験を通して、偏ったものの見方を形成していくのだということ。昨日話題になったのは、「インド人はチップを気前よく払わない」、「ベジタリアンはうるさいスノッブ」だという話。ニューヨークで最も親しい私の友人のひとりはインド人の女性だ。そして彼女を含め、私の友人にはベジタリアンがたくさんいる。どの人も「チップはウエイターの生活を支えている」からと気前よく払い、メニューにいろいろ注文をつけるようなスノッブでもない。でもレストランで仕事をしている人にとっては、「インド人はケチ、ベジタリアンはガミガミ屋」ということになっているらしい。
そこで私が友人の例を挙げてどんなに弁護しても、彼らの経験から得た、人種に関するインプットを覆すことはできない。でも、「インド人にケチが多い」は「ケチな人はみんなインド人」ということにはならないし、「ベジタリアンにガミガミ屋が多い」は「ガミガミ屋はみんなベジタリアン」ということにもならない。私自身レストランでの実体験がないのだから、わからないこともあると思うが、そうやって気づかないうちに、人は偏見を持つようになり、知識として応用し始めるようになっていくのだろう。
アメリカの警察官は「犯罪者に黒人が多い」ことを身をもって知っている。だから、黒人が事件現場にいたら、「黒人=犯罪者」という思考が働き、必要以上に暴行を加えてしまうことがある。私自身も、もしあのときナイジェリア人にだまされていたら、ことあるごとにナイジェリア人を疑うようになっていただろう。人間なんて単純だ。だからこそ忘れてはいけない—Not the other way around.
オバマ氏にも最初は多くの偏見があったが、投票日の今日となった今では、彼こそがこの人種のるつぼアメリカを変えていけると信じている人は多い。それが投票結果に繁栄されることを、今夜、固唾をのんで待ち望む。