以前住んでいたクイーンズ地区からマンハッタンのオフィスまで地下鉄で通勤していた時、同じ車両でよく見かける男性がいた。容姿だけでなく、私はその人をとても美しいと思った。
彼は浅黒い肌で、顔つき、骨格からみても明らかにアメリカ先住民の子孫だ。手入れの行き届いた黒い長い髪を背中の真ん中あたりまで伸ばし、身体にちょうどあったサイズのスーツを着て、磨きのかかった靴を履いている。空いた席があっても決して座らず、背筋を伸ばして、顔をツンと斜め上に向けて、まっすぐ堂々と立っている。車両で彼を見かけたときはいつも同じようにスーッと立っていた。いつ見かけても、まるでアメリカンインディアンの血を誇らしげに思っているかのようだった。
一方、自分の生まれた国を嫌う人は、同情する面もあるが、その人を決して美しく見せない。それがどんなに美しい人であっても、なぜか魅力的に見えないのだ。たとえブラジルに生まれても「国としてはまだまだ貧しいけれど、サッカーが強い」とか、「みんな陽気で食べ物はおいしく、生活を楽しもうとしている」と聞くと、その人が生き生きとして見える。
自分の嫌いなものの話ばかりする人は、その話がどんなに面白くても、品格があるように見えない。これは自分にははっきりとした嗜好があることを自慢したい時や、自分にパワーがあることを見せるために、子供が“No”と言い続けるのにも似ている。実際、自分の好きなことや楽しかった体験を話す人が清々しくみえるのとは対照的だ。恥ずかしがってばかりいるのも、謙虚にしているのとは違い、野暮な感じがする。
アメリカには実にいろんな人がいる。いろんな職業もある。どんなバックグラウンドを持っていても、どんな仕事に就いていても、誇りを持って人に語れる人は美しい。ウエイトレスをしている人たちでもプロとして、笑顔で給仕していると、その人がとても頼もしく、美しく見える。
これらは実際に自分で「美しい」人を観察した結果であるが、思えば子供の頃、「姿勢を正しなさい。きちんと話しなさい。笑顔でいなさい。どんな仕事でも、誰かがしなければならないのだから誇りをもちなさい」と、親から言われたことをちゃんと実践すればいいだけのことだと気づいたのも、世界が見えてきた頃だった。
August 30, 2007
August 20, 2007
差別でなく、偏見でなく、事実からみた犯罪に関する考察
路上で襲われるという話は、ニューヨークの治安がよくなったとされる昨今でも、全くなくなったわけではない。ましてや知り合いがひどい目にあったと聞くと、他人事とは思えない。見ず知らずの人に暴力をふるい、所持品を盗む行為は、顔見知り同士がなんらかの諍いにより起きた事件より卑劣だ。そして、誤解を恐れずに言えば、ニュースで見るかぎり、この手の犯罪者には黒人が多い。知り合いの男性も2人組の黒人の男にやられた。警察に事情聴取されたときも、2人の黒人という以外、何もはっきりとは覚えていないと答えるしかなかったらしい。
私は人種に関して、差別意識はない。でも、実際こうも毎回犯人が黒人であるという事実を突きつけられると、人通りの少ない路上で、黒人の男たちが歩いていたらきっとその通りを避けるか、かなり警戒するだろう。ここではただ「犯罪者は黒人に多い」という事実を述べているだけで、「黒人はすべて犯罪者である」と言っているわけではないと認識していただきたい。また、幼い子供たちを犯罪に巻き込まないよう指導している組織団体も、子供たちには「困ったことがあったら、近くにいる女性に尋ねるように」と指導している。男性の方が犯罪を起こしやすいという統計からだ。これも然り。「犯罪者は男性に多い」が、その逆はあらず、である。
もうひとつは、路上で事件が起きるのは、かなりの確率で「プロジェクト」に近い通りであることも事実だ。知らない人のために補足すると、プロジェクトとは、貧しい人たちが政府から生活保護を受けて住んでいる格安家賃のアパートコンプレックスのことである。しつこいようだが「事件はプロジェクトの近くで起きることが多い」というのは、「プロジェクトの近くで事件は必ず起きる」ということではない。しかし、私の知り合いは、1.プロジェクトからそう遠くはない通りで、2.人通りがまばらな時間に、3.黒人の男2人組に遭遇し、4.ラップトップを小脇に挟んで歩いていたため、事件に遭遇してしまったのだ。
私は人種に関して、差別意識はない。それがプエルトリカンでも、白人でも東洋人でも、もしかしたら日本人でもこの手の事件は起こりうる。でも事実から学ぶと、上記のような条件が揃った時に、何も起るはずがないと確信はできないし、「私は人種差別をするような人間ではない」と証明するために、そこを勇敢に通りすぎる必要もない。身に危険を感じる時、それを否定してはいけない。事件が起こってからでは遅すぎる。
私は人種に関して、差別意識はない。でも、実際こうも毎回犯人が黒人であるという事実を突きつけられると、人通りの少ない路上で、黒人の男たちが歩いていたらきっとその通りを避けるか、かなり警戒するだろう。ここではただ「犯罪者は黒人に多い」という事実を述べているだけで、「黒人はすべて犯罪者である」と言っているわけではないと認識していただきたい。また、幼い子供たちを犯罪に巻き込まないよう指導している組織団体も、子供たちには「困ったことがあったら、近くにいる女性に尋ねるように」と指導している。男性の方が犯罪を起こしやすいという統計からだ。これも然り。「犯罪者は男性に多い」が、その逆はあらず、である。
もうひとつは、路上で事件が起きるのは、かなりの確率で「プロジェクト」に近い通りであることも事実だ。知らない人のために補足すると、プロジェクトとは、貧しい人たちが政府から生活保護を受けて住んでいる格安家賃のアパートコンプレックスのことである。しつこいようだが「事件はプロジェクトの近くで起きることが多い」というのは、「プロジェクトの近くで事件は必ず起きる」ということではない。しかし、私の知り合いは、1.プロジェクトからそう遠くはない通りで、2.人通りがまばらな時間に、3.黒人の男2人組に遭遇し、4.ラップトップを小脇に挟んで歩いていたため、事件に遭遇してしまったのだ。
私は人種に関して、差別意識はない。それがプエルトリカンでも、白人でも東洋人でも、もしかしたら日本人でもこの手の事件は起こりうる。でも事実から学ぶと、上記のような条件が揃った時に、何も起るはずがないと確信はできないし、「私は人種差別をするような人間ではない」と証明するために、そこを勇敢に通りすぎる必要もない。身に危険を感じる時、それを否定してはいけない。事件が起こってからでは遅すぎる。
August 16, 2007
健康保険とクレジットカードの因果関係
昨晩11時頃、知り合いの男性が、知らない男2人にイーストビレッジの路上で叩きのめされた。最初は抵抗したが、一人がピストルを持っていたため、されるままになり、購入したばかりのiMacも奪われた。目撃者の通報があり救急車で病院に運ばれ、手当は受けたらしいが、出社はしばらくできない様子。負った傷もiMacを盗られた悔しさもいずれは癒えるかもしれないが、この事件がトラウマにならないとも限らない。それに彼の場合、保険に加入していなかったので、それが大きな痛手になるだろう。ちなみに救急車で病院まで搬送された場合、出動料として約100ドル請求される。治療費以外に緊急医療施設の使用にもお金がかかる。自分で任意で保険に加入していない場合、すべての医療費は自分の懐から出さなければいけないのだ。アメリカでも州単位で健康保険を出しているところがあるが、いわゆる日本で言う「国民健康保険」が、アメリカには存在しない。
実はクレジットカードの負債を抱えているアメリカ人は、買い物やギャンブルにお金をつぎ込んだ人ばかりではない。中には、医療保険に加入していなかったために医療費をカードで支払った人も多い。企業に所属していれば、勤続年数によって企業が負担率を上げてくれるので、医療保険の月額はわずかだが、自分で医療保険に加入するとなると、一人あたり月額は500ドル以上になる。ファミリーで加入するとその3倍に跳ね上がる。これは時給労働をしている人、不定期のフリーランスの人、低賃金の人、また定年退職した人にとっては、かなりの高額だ。クレジットカードの利息が高いことも承知で医療費を支払わざるをえないのは、もし支払えないと、治療そのものが受けられないからだ。それが命に関わる緊急手術だったり、長期にわたる治療だったりしたら、どんな人間だってお金は二の次と考えるだろう。でもその後のカード返済にも、ずっと苦しめられることになる。アメリカは (戦争に若者を次々と送り込むのもそうだが)、健康で仕事をし、税金を納めているうちはいいが、保険に入る余裕もなく、病気になった人を国が金銭的に救済しないという非人道的な一面を持つ。
政治討論の番組で国民健康保険を持つ国の例として、ヨーロッパ諸国や日本の事情がよくテレビで論議されるが、そのたびにアメリカの友人は、私に国民健康保険の利点を聞いてくる。アメリカで保険に入っていない人が病院へ行くと、初診料は100ドル以上かかる。それに比べ、日本で保険証をもって病院へ行く時、まず「いくらかかるか」を考え、病院へ行くことをためらう必要はない。これは病気の初期段階においてはとても重要だと思う。症状が重くなってからでは、治療費も高くつくからだ。
アメリカは今、来年の大統領選に向け、ヒラリークリントンをはじめ民主党員はNational Health Insuranceの実現を公約している。この「国民健康保険」の実現に向けては、クリントン大統領時代に動きがあったが、時間切れとなった形で実現しなかった。ブッシュ政権下においては、国民健康保険など、大統領の頭のかたすみにもないだろう。ヒラリークリントンは「就任した暁には、今度こそ実現させる」と約束している。その日が待ち遠しい。
実はクレジットカードの負債を抱えているアメリカ人は、買い物やギャンブルにお金をつぎ込んだ人ばかりではない。中には、医療保険に加入していなかったために医療費をカードで支払った人も多い。企業に所属していれば、勤続年数によって企業が負担率を上げてくれるので、医療保険の月額はわずかだが、自分で医療保険に加入するとなると、一人あたり月額は500ドル以上になる。ファミリーで加入するとその3倍に跳ね上がる。これは時給労働をしている人、不定期のフリーランスの人、低賃金の人、また定年退職した人にとっては、かなりの高額だ。クレジットカードの利息が高いことも承知で医療費を支払わざるをえないのは、もし支払えないと、治療そのものが受けられないからだ。それが命に関わる緊急手術だったり、長期にわたる治療だったりしたら、どんな人間だってお金は二の次と考えるだろう。でもその後のカード返済にも、ずっと苦しめられることになる。アメリカは (戦争に若者を次々と送り込むのもそうだが)、健康で仕事をし、税金を納めているうちはいいが、保険に入る余裕もなく、病気になった人を国が金銭的に救済しないという非人道的な一面を持つ。
政治討論の番組で国民健康保険を持つ国の例として、ヨーロッパ諸国や日本の事情がよくテレビで論議されるが、そのたびにアメリカの友人は、私に国民健康保険の利点を聞いてくる。アメリカで保険に入っていない人が病院へ行くと、初診料は100ドル以上かかる。それに比べ、日本で保険証をもって病院へ行く時、まず「いくらかかるか」を考え、病院へ行くことをためらう必要はない。これは病気の初期段階においてはとても重要だと思う。症状が重くなってからでは、治療費も高くつくからだ。
アメリカは今、来年の大統領選に向け、ヒラリークリントンをはじめ民主党員はNational Health Insuranceの実現を公約している。この「国民健康保険」の実現に向けては、クリントン大統領時代に動きがあったが、時間切れとなった形で実現しなかった。ブッシュ政権下においては、国民健康保険など、大統領の頭のかたすみにもないだろう。ヒラリークリントンは「就任した暁には、今度こそ実現させる」と約束している。その日が待ち遠しい。
August 15, 2007
「強い女たち」の大きな間違い
すべてのアメリカ人女性に当てはまるわけではないが、一般的に言って、管理職に就く彼女らはオフィスではとても賢く、強い。女であることを逆手に取らないし、思ったことは何でも発言し、同時にいくつもの仕事を手際よくこなす。その仕事ぶりと態度を見る限り、自分に自信があるのだろう。「私にできないことはない」とさえ思っているようである。でもそういうアメリカ人女性に限って、プライベートな人間関係では同じ過ちを犯しがちだ。夫やボーイフレンドとうまくいってない時でさえ、「私にはこの状況を変えることができる」と言うのである。
アメリカにしばらく滞在し、ちょっと気心の知れたアメリカ人の友人ができたりすると、決まって聞かされる話が、「おいたち」である。これ自体は悪いことではないが、大概、両親の離婚に始まり、それから彼らがどういう気持ちで子供時代を過ごしたかについて語りたがる。私もまだ免疫のない頃は同情したりもしたが、時には「子供の頃に受けた精神的ダメージのせいで、自分は普通に人を信用できない」と、はっきり言う人もいた。問題はそういう男性を好きになった優秀な女性で、挑戦的なまでにその男性を変えようとするのだ。残念なことに、人はそんなに簡単に変わらないものである。だが、つきあっている男性の言動に一気一様し、たぐり寄せたりひき離したりして、男性を自分に向かせようとする。もちろんずる賢い男性もいて、必要なときだけ彼女に優しくなったりするようなので、聞いているだけで疲れる話だ。
『Durty Half Duzen』 という、人間関係をスムーズに長続きさせるためのマニュアル本がある。これは一時期流行した、男性を引き寄せるために女性はどう「演じる」べきかを説いた『ルールズ』より現実的だ。その本には、よい関係を保つ条件として「自分も相手もリラックスした状態で、一緒にいて快適であること。演じないこと。刺激を求め合わないこと。相手をほめていい気分にさせること。できるだけ対等につきあうこと」を挙げている。そこには、いい人間関係を保つために、どういう風に家計を分け合うかも明記してある。
一度そういう状況にいる友人のひとりに「『Durty Half Duzen』 という本にも書いてあるんだけど、もうちょっとラクに考えたらいいんじゃない」と言った。彼女は「これは神が私に与えた試練だから、私が何とかしなければならない」と言った。悲観的な人間関係においては、努力を惜しまない優秀な女性が、献身的なクリスチャンの場合、かなりの悲劇だ。
アメリカにしばらく滞在し、ちょっと気心の知れたアメリカ人の友人ができたりすると、決まって聞かされる話が、「おいたち」である。これ自体は悪いことではないが、大概、両親の離婚に始まり、それから彼らがどういう気持ちで子供時代を過ごしたかについて語りたがる。私もまだ免疫のない頃は同情したりもしたが、時には「子供の頃に受けた精神的ダメージのせいで、自分は普通に人を信用できない」と、はっきり言う人もいた。問題はそういう男性を好きになった優秀な女性で、挑戦的なまでにその男性を変えようとするのだ。残念なことに、人はそんなに簡単に変わらないものである。だが、つきあっている男性の言動に一気一様し、たぐり寄せたりひき離したりして、男性を自分に向かせようとする。もちろんずる賢い男性もいて、必要なときだけ彼女に優しくなったりするようなので、聞いているだけで疲れる話だ。
『Durty Half Duzen』 という、人間関係をスムーズに長続きさせるためのマニュアル本がある。これは一時期流行した、男性を引き寄せるために女性はどう「演じる」べきかを説いた『ルールズ』より現実的だ。その本には、よい関係を保つ条件として「自分も相手もリラックスした状態で、一緒にいて快適であること。演じないこと。刺激を求め合わないこと。相手をほめていい気分にさせること。できるだけ対等につきあうこと」を挙げている。そこには、いい人間関係を保つために、どういう風に家計を分け合うかも明記してある。
一度そういう状況にいる友人のひとりに「『Durty Half Duzen』 という本にも書いてあるんだけど、もうちょっとラクに考えたらいいんじゃない」と言った。彼女は「これは神が私に与えた試練だから、私が何とかしなければならない」と言った。悲観的な人間関係においては、努力を惜しまない優秀な女性が、献身的なクリスチャンの場合、かなりの悲劇だ。
August 7, 2007
残業にみる日本の企業文化
今、アメリカで放映されているフジサンケイの番組枠の中で、日本の大手企業のテレビコマーシャルがいくつも流れるが、中でもKDDIのCFを見ているととても疲労感を覚える。それはKDDIの男性社員が真っ暗なオフィスでひとり企画を練って、一生懸命に仕事をしている(つもりの)15秒もの。隠されたメッセージは、あえて言うなら「お客様のために、うちの社員はこんなに遅くまで仕事しています」といったところだろう。そんなシーンを見せられて「KDDIはすばらしい企業だ」と誰が思うのだろうか?
昨日転載したニューヨークタイムスの記事にも乗っているが、日本では「夜遅くまで仕事する」のが、一生懸命仕事をしているという証。残業代のために残って仕事するという話も聞くが、私生活を犠牲にしてまで、企業に対する忠誠心を見せなければいけない理由はどこにあるんだろう? それほど長い時間仕事していると、集中力は落ち、ミスが増えるので能率が悪い。おまけにその後「つきあい」というのがあって、会社の同僚と飲みに行き、会社のグチをぶちまけ合う。先日も友人と日本食レストランへ行ったら、隣にいた日本人客のグループが、酔って上司の悪口に花を咲かせていた。その人たちは忠誠心どころか、会社のことをとことん嫌っている感じだった。そんなところでグチってないで、仕事を終えたらさっさと帰宅すればいいのに、と私は思う。そもそも毎日がそんなだと、不健康きわまりない。「ちょっと風邪をひいたくらいで会社を休むな」というのも日本ではよく聞かれる。とんでもない。他の社員に移される方が、会社としてはもっと迷惑なはずだ。でも日本人なら、病気の身体にムチ打って出社し、能率の悪い仕事をするんだろうな。でも、何のために?
私は毎日24時間の使い方を振り分ける。8時間は確実にオフィスにいるのだし、睡眠は最低7時間とり、出勤前の準備に約2時間、通勤には余裕をみて往復1時間とっておく。これでもう18時間だ。明日でもかまわない仕事は明日にまわし、残業しなくてはならないときでも、12時間以上はオフィスにいないよう心がけている。私の中では、これが効率よく気持ちよく仕事ができる条件だ。残された時間は、少しでも自分のために使いたい。それは大切な人と時間を過ごしたり、猫と遊んだり、本を読んだり、テレビを見たり、書きためておいたものをまとめたり、時には友達と出かけたり、議論したり、街をブラブラ散歩したり、映画を観たり、写真を撮ったり。料理でもケーキづくりでも、部屋のかたづけでもいいし、何もしなくてもいい。仕事だけのために1日を費やすと生活のバランスがとれないし、これを1週間単位にすると、週末だけではとても時間が足りないからだ。
「KARO-SHI」は、アメリカでも言わずと知れた言葉になったが、死んでから訴えても遅い。日本の企業文化における残業は、たちの悪い仲間意識であり、チームワークでも企業への忠誠心でもない。日本の皆さん、会社の犠牲になって過労死する前に、もっとご自愛ください。そして、好きで遅くまで仕事している人は、能率よく仕事をこなして定時で帰宅しようとしている人を気持ちよく送り出し「自分がこんなに仕事しているのに」などとは、くれぐれも考えないようにしてください。
昨日転載したニューヨークタイムスの記事にも乗っているが、日本では「夜遅くまで仕事する」のが、一生懸命仕事をしているという証。残業代のために残って仕事するという話も聞くが、私生活を犠牲にしてまで、企業に対する忠誠心を見せなければいけない理由はどこにあるんだろう? それほど長い時間仕事していると、集中力は落ち、ミスが増えるので能率が悪い。おまけにその後「つきあい」というのがあって、会社の同僚と飲みに行き、会社のグチをぶちまけ合う。先日も友人と日本食レストランへ行ったら、隣にいた日本人客のグループが、酔って上司の悪口に花を咲かせていた。その人たちは忠誠心どころか、会社のことをとことん嫌っている感じだった。そんなところでグチってないで、仕事を終えたらさっさと帰宅すればいいのに、と私は思う。そもそも毎日がそんなだと、不健康きわまりない。「ちょっと風邪をひいたくらいで会社を休むな」というのも日本ではよく聞かれる。とんでもない。他の社員に移される方が、会社としてはもっと迷惑なはずだ。でも日本人なら、病気の身体にムチ打って出社し、能率の悪い仕事をするんだろうな。でも、何のために?
私は毎日24時間の使い方を振り分ける。8時間は確実にオフィスにいるのだし、睡眠は最低7時間とり、出勤前の準備に約2時間、通勤には余裕をみて往復1時間とっておく。これでもう18時間だ。明日でもかまわない仕事は明日にまわし、残業しなくてはならないときでも、12時間以上はオフィスにいないよう心がけている。私の中では、これが効率よく気持ちよく仕事ができる条件だ。残された時間は、少しでも自分のために使いたい。それは大切な人と時間を過ごしたり、猫と遊んだり、本を読んだり、テレビを見たり、書きためておいたものをまとめたり、時には友達と出かけたり、議論したり、街をブラブラ散歩したり、映画を観たり、写真を撮ったり。料理でもケーキづくりでも、部屋のかたづけでもいいし、何もしなくてもいい。仕事だけのために1日を費やすと生活のバランスがとれないし、これを1週間単位にすると、週末だけではとても時間が足りないからだ。
「KARO-SHI」は、アメリカでも言わずと知れた言葉になったが、死んでから訴えても遅い。日本の企業文化における残業は、たちの悪い仲間意識であり、チームワークでも企業への忠誠心でもない。日本の皆さん、会社の犠牲になって過労死する前に、もっとご自愛ください。そして、好きで遅くまで仕事している人は、能率よく仕事をこなして定時で帰宅しようとしている人を気持ちよく送り出し「自分がこんなに仕事しているのに」などとは、くれぐれも考えないようにしてください。
August 6, 2007
先進国の異常な現実
ニューヨークタイムスが掲載する日本に関する記事は、いつも否定的なものが多い。それは戦後、アジアの小国ながら経済大国にのし上がった日本の「ここが変だぞ」探しが未だに続いているようにも思えるが、悲しいかな、そこには日本の現実がはっきりと映し出されている。
日本の女性は、女であることへの差別、年齢差別、独身であることへの差別、子供を持っても持たなくても受ける差別と日々戦っている。そして選挙に勝って政界入りした女性までが女性の立場を弁護せず、男性のように考えるようになる。同じ女性でさえ他の女性を差別するのだ。近代化したのはいいが、どこでそうなったか、女性にとってはとても住みにくい国に発展してしまったと思う。女性の労働力を語らずして今日の日本はないというのに、社会の体質が、まだ「女は家を守るもの」なのだ。
以下に今日付のニューヨークタイムスの記事を転載した。1985年、均等雇用法が定められた年、日本で管理職につく女性は全体の6.6%、2005年でもまだ10.1%。一方、アメリカでは同年、管理職の42.5%が女性 (国際労働機関調べ)。この記事は、最後に現場からの声として日本の女性が「出生率の低下は女性が均等に扱われていないことの結果」と語って締めくくっている。確かに、こういう問題からいっさいのがれるためのひとつの手段として日本の女性がとれるのは、結婚しないで、子供を持たないで、自分で稼いだお金でおもいっきり人生を楽しむことだ。それは働く女性ができる、日本への最大の優雅な復讐でもある。
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http://www.nytimes.com/2007/08/06/world/asia/06equal.html?_r=1&oref=slogin
Career Women in Japan Find a Blocked Path
By MARTIN FACKLER
Published: The New York Times August 6, 2007
[Caption 1]
Yukako Kurose said she was forced into a dead-end clerical job after she had a baby.
[Caption 2]
Takako Ariishi said her father fired her from her family’s company after she gave birth.
****
TOKYO, Aug. 5 — Yukako Kurose joined the work force in 1986, a year after Japan passed its first equal opportunity law. Like other career-minded young women, she hoped the law would open doors. But her promising career at a department-store corporate office ended 15 years ago when she had a baby.
She was passed over for promotions after she started leaving work before 6:30 each evening to pick up her daughter from day care. Then, she was pushed into a dead-end clerical job. Finally, she quit.
“Japanese work customs make it almost impossible for women to have both a family and a career,” said Ms. Kurose, 45, who now works for a polyester company.
Since the Equal Employment Opportunity Law was passed in 1985, women have become a common sight on factory floors, at construction sites and behind the wheels of taxis. But they have had much less success reaching positions of authority, which remain the preserve of gray-suited salarymen.
In 1985, women held just 6.6 percent of all management jobs in Japanese companies and government, according to the International Labor Organization, a United Nations agency. By 2005, that number had risen to only 10.1 percent, though Japan’s 27 million working women made up nearly half of its work force. By contrast, women held 42.5 percent of managerial jobs in the United States in 2005, the organization said.
Experts on women’s issues say outright prejudice is only part of Japan’s problem. An even bigger barrier to the advancement of women is the nation’s notoriously demanding corporate culture, particularly its expectation of morning-to-midnight work hours.
Government statistics show that many women drop out of management-track jobs when they reach their late 20s and early 30s and start having children. As Japan’s birthrate rapidly declines and its population ages, there are growing concerns that Japan can ill afford to lose so much potential.
“If expected to work 15 hours a day, then most women will give up,” said Kuniko Inoguchi, a former cabinet minister in charge of gender equality. “Japan is losing half of its brainpower as it faces a labor shortage.”
Even with cases of blatant discrimination, lawsuits remain rare because of a cultural aversion to litigation. Another big problem has been that the equal opportunity law is essentially toothless. Despite two revisions, the law includes no real punishment for companies that continue to discriminate. The worst that the Labor Ministry can do is to threaten to publish the names of violators, and the ministry has never done that. As a result, Japan ranks as the most unequal of the world’s rich countries, according to the United Nations Development Program’s “gender empowerment measure,” an index of female participation in a nation’s economy and politics. The country placed 42nd among 75 nations surveyed in 2006 — just above Macedonia and far below other developed nations like the United States, ranked 12th, and top-ranked Norway.
“It’s a pathetic situation,” said Kumiko Morizane, deputy director of the equal employment division in Japan’s Labor Ministry. “Even in Pakistan, where women cover their faces, they had a female prime minister.”
But the painfully slow pace of change reflects ingrained social attitudes about gender roles.
Takako Ariishi, 36, experienced an extreme version of these roles when she grew up as the only child of the president of Daiya Seiki, a small manufacturer owned by her family that supplies gauges to Nissan.
At first, her disappointed father cut her hair like a boy’s and forbade her to play with dolls. When she had her first son 10 years ago, he fired her from the company and anointed the infant grandson as his successor.
Still, Ms. Ariishi took over as president three years ago after her father died. She says she is the only woman in a group of some 160 heads of Nissan suppliers. The first time she attended the group’s twice-annual meetings, she says she was asked to wait in a room with secretaries.
“I still have to prove all the time that a woman can be president,” says Ms. Ariishi, a trained engineer who wears a blue unisex factory worker’s uniform in her office.
She says she goes home every evening at 7 to put her son to bed, but then returns to work. The burden of such long hours pushes most career-track women to quit before they reach management-level jobs. Midori Ito, president of the Action Center for Working Women, a national group that gives legal support to working women, said more than half of career-minded women quit by their early 30s, while others choose to remain single.
One of those is Miiko Tsuda, 38. She said that because she worked until 10 p.m. or 11 p.m. every night at the office of a tutoring school operator, she has not had time to think about marriage.
And yet, Ms. Tsuda says she frequently feels discrimination. She says she earns 10 percent to 20 percent less than men her age. Younger male colleagues ask her and other women to push elevator buttons for them and serve tea. She also says just five women of the company’s 300-some management employees are women, up from zero when she joined 17 years ago.
Still, women’s rights advocates say that the realities of Japan’s shrinking population are slowly forcing change. They say the need to find talented workers has pushed a small but growing number of companies to make more efforts to hire women as “sogo shoku,” or career-track employees, in line for management. Some analysts estimate that about a quarter of career-track hires in recent years have been women.
Some companies are taking small steps to nurture more female managers. Since quitting the department store in 2002, Ms. Kurose has headed the diversity development section at Teijin, a polyester maker based in Osaka. She organizes classes to train women for management, sets hiring targets and helps mothers returning from maternity leave find new positions in the company.
Progress is slow: Only some 50 of Teijin’s approximately 2,000 managers are women, but even that is an almost threefold increase from when Ms. Kurose joined the company, she said.
Now, women’s rights advocates are starting to argue that Japan must make more such efforts — not just for the corporate good, but for survival.
They point to studies showing that nations with greater workplace participation, like the United States, actually have higher fertility rates. Advocates say this is because working women in other countries start having children earlier in life, while many who leave the work force do not do so until their 30s.
“Birthrates here are declining because of a lack of equality for women,” said Ms. Inoguchi, the former minister. “The population shortage is forcing a change in attitudes.”
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日本の女性は、女であることへの差別、年齢差別、独身であることへの差別、子供を持っても持たなくても受ける差別と日々戦っている。そして選挙に勝って政界入りした女性までが女性の立場を弁護せず、男性のように考えるようになる。同じ女性でさえ他の女性を差別するのだ。近代化したのはいいが、どこでそうなったか、女性にとってはとても住みにくい国に発展してしまったと思う。女性の労働力を語らずして今日の日本はないというのに、社会の体質が、まだ「女は家を守るもの」なのだ。
以下に今日付のニューヨークタイムスの記事を転載した。1985年、均等雇用法が定められた年、日本で管理職につく女性は全体の6.6%、2005年でもまだ10.1%。一方、アメリカでは同年、管理職の42.5%が女性 (国際労働機関調べ)。この記事は、最後に現場からの声として日本の女性が「出生率の低下は女性が均等に扱われていないことの結果」と語って締めくくっている。確かに、こういう問題からいっさいのがれるためのひとつの手段として日本の女性がとれるのは、結婚しないで、子供を持たないで、自分で稼いだお金でおもいっきり人生を楽しむことだ。それは働く女性ができる、日本への最大の優雅な復讐でもある。
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http://www.nytimes.com/2007/08/06/world/asia/06equal.html?_r=1&oref=slogin
Career Women in Japan Find a Blocked Path
By MARTIN FACKLER
Published: The New York Times August 6, 2007
[Caption 1]
Yukako Kurose said she was forced into a dead-end clerical job after she had a baby.
[Caption 2]
Takako Ariishi said her father fired her from her family’s company after she gave birth.
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TOKYO, Aug. 5 — Yukako Kurose joined the work force in 1986, a year after Japan passed its first equal opportunity law. Like other career-minded young women, she hoped the law would open doors. But her promising career at a department-store corporate office ended 15 years ago when she had a baby.
She was passed over for promotions after she started leaving work before 6:30 each evening to pick up her daughter from day care. Then, she was pushed into a dead-end clerical job. Finally, she quit.
“Japanese work customs make it almost impossible for women to have both a family and a career,” said Ms. Kurose, 45, who now works for a polyester company.
Since the Equal Employment Opportunity Law was passed in 1985, women have become a common sight on factory floors, at construction sites and behind the wheels of taxis. But they have had much less success reaching positions of authority, which remain the preserve of gray-suited salarymen.
In 1985, women held just 6.6 percent of all management jobs in Japanese companies and government, according to the International Labor Organization, a United Nations agency. By 2005, that number had risen to only 10.1 percent, though Japan’s 27 million working women made up nearly half of its work force. By contrast, women held 42.5 percent of managerial jobs in the United States in 2005, the organization said.
Experts on women’s issues say outright prejudice is only part of Japan’s problem. An even bigger barrier to the advancement of women is the nation’s notoriously demanding corporate culture, particularly its expectation of morning-to-midnight work hours.
Government statistics show that many women drop out of management-track jobs when they reach their late 20s and early 30s and start having children. As Japan’s birthrate rapidly declines and its population ages, there are growing concerns that Japan can ill afford to lose so much potential.
“If expected to work 15 hours a day, then most women will give up,” said Kuniko Inoguchi, a former cabinet minister in charge of gender equality. “Japan is losing half of its brainpower as it faces a labor shortage.”
Even with cases of blatant discrimination, lawsuits remain rare because of a cultural aversion to litigation. Another big problem has been that the equal opportunity law is essentially toothless. Despite two revisions, the law includes no real punishment for companies that continue to discriminate. The worst that the Labor Ministry can do is to threaten to publish the names of violators, and the ministry has never done that. As a result, Japan ranks as the most unequal of the world’s rich countries, according to the United Nations Development Program’s “gender empowerment measure,” an index of female participation in a nation’s economy and politics. The country placed 42nd among 75 nations surveyed in 2006 — just above Macedonia and far below other developed nations like the United States, ranked 12th, and top-ranked Norway.
“It’s a pathetic situation,” said Kumiko Morizane, deputy director of the equal employment division in Japan’s Labor Ministry. “Even in Pakistan, where women cover their faces, they had a female prime minister.”
But the painfully slow pace of change reflects ingrained social attitudes about gender roles.
Takako Ariishi, 36, experienced an extreme version of these roles when she grew up as the only child of the president of Daiya Seiki, a small manufacturer owned by her family that supplies gauges to Nissan.
At first, her disappointed father cut her hair like a boy’s and forbade her to play with dolls. When she had her first son 10 years ago, he fired her from the company and anointed the infant grandson as his successor.
Still, Ms. Ariishi took over as president three years ago after her father died. She says she is the only woman in a group of some 160 heads of Nissan suppliers. The first time she attended the group’s twice-annual meetings, she says she was asked to wait in a room with secretaries.
“I still have to prove all the time that a woman can be president,” says Ms. Ariishi, a trained engineer who wears a blue unisex factory worker’s uniform in her office.
She says she goes home every evening at 7 to put her son to bed, but then returns to work. The burden of such long hours pushes most career-track women to quit before they reach management-level jobs. Midori Ito, president of the Action Center for Working Women, a national group that gives legal support to working women, said more than half of career-minded women quit by their early 30s, while others choose to remain single.
One of those is Miiko Tsuda, 38. She said that because she worked until 10 p.m. or 11 p.m. every night at the office of a tutoring school operator, she has not had time to think about marriage.
And yet, Ms. Tsuda says she frequently feels discrimination. She says she earns 10 percent to 20 percent less than men her age. Younger male colleagues ask her and other women to push elevator buttons for them and serve tea. She also says just five women of the company’s 300-some management employees are women, up from zero when she joined 17 years ago.
Still, women’s rights advocates say that the realities of Japan’s shrinking population are slowly forcing change. They say the need to find talented workers has pushed a small but growing number of companies to make more efforts to hire women as “sogo shoku,” or career-track employees, in line for management. Some analysts estimate that about a quarter of career-track hires in recent years have been women.
Some companies are taking small steps to nurture more female managers. Since quitting the department store in 2002, Ms. Kurose has headed the diversity development section at Teijin, a polyester maker based in Osaka. She organizes classes to train women for management, sets hiring targets and helps mothers returning from maternity leave find new positions in the company.
Progress is slow: Only some 50 of Teijin’s approximately 2,000 managers are women, but even that is an almost threefold increase from when Ms. Kurose joined the company, she said.
Now, women’s rights advocates are starting to argue that Japan must make more such efforts — not just for the corporate good, but for survival.
They point to studies showing that nations with greater workplace participation, like the United States, actually have higher fertility rates. Advocates say this is because working women in other countries start having children earlier in life, while many who leave the work force do not do so until their 30s.
“Birthrates here are declining because of a lack of equality for women,” said Ms. Inoguchi, the former minister. “The population shortage is forcing a change in attitudes.”
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August 2, 2007
どれだけあれば幸せになれるか
先日アメリカ人の年配の男性と、私のインド人の友人が口論になったらしく、彼女が私に共感を求めて、その夜電話してきた。 そのアメリカ人男性が「(肥満の)子供が食べたいもの好きなだけ食べる自由と権利」について話し始めたことが発端らしい。私の友人は「肥満の子供は生まれたときから親に食べさせられていたものを好んで食べているだけで、食品に対する知識や健康な食品を食べるという選択肢がその子に与えられていないのだから、それを自由や権利とは言わない」と噛み付いた。その男性は「その子が好きなものを口にしているのだから、選択肢はいらない」と反論したが、彼女は「少なくとも自分の食べているものが何なのか、知る権利がある」と譲らなかった。こんなところにまで自由と権利が出てくるとは、私もただ驚いた。
人間の欲望には上限がない。だからこそ自制することを学ばなくてはならない。食べ物に対する執着心もそうだが、お金もそうだ。1億手元にあれば2億欲しくなる。5億持っている人の話を聞くと、10億欲しくなる。本当に自分に必要な額を大幅に超えていても、あればあるほど裕福に思えてくる。でも、お金がすべてのものさしとなるアメリカより、ヨーロッパの人たちの方が裕福に見えるのはどうしてだろう?
私の知るヨーロッパの人たちは、夏の休暇を2ヶ月とってゆったりと過ごす。決してお金のために盲目的に仕事をすることなど考えていない。自分に必要な額を知っているから、それ以上なくてもいいと思っているようだ。税金が高くても、生活が保証されているから、金儲けにがむしゃらにならないのかもしれない。その暮らしぶりもシンプルで機能的でありながら美しい。成り上がりの悪趣味な豪華絢爛さはどこにもみられない。世界で一番、自分たちは幸せであると感じているオランダ人は、自分を他人と比較しない、高望みをしないことで幸福感を味わうらしい。足が地に着いている人たちなんだろうな。
確かに、 欲しいものがどれだけあっても、人は幸せにはなれない。そして、上限のない欲望をコントロールことで、もっと心豊かに過ごせる ー そう思考を転換すれば、ほしがるだけでなく、今あるものを上手に使う工夫もまた楽しいものだと思う。
人間の欲望には上限がない。だからこそ自制することを学ばなくてはならない。食べ物に対する執着心もそうだが、お金もそうだ。1億手元にあれば2億欲しくなる。5億持っている人の話を聞くと、10億欲しくなる。本当に自分に必要な額を大幅に超えていても、あればあるほど裕福に思えてくる。でも、お金がすべてのものさしとなるアメリカより、ヨーロッパの人たちの方が裕福に見えるのはどうしてだろう?
私の知るヨーロッパの人たちは、夏の休暇を2ヶ月とってゆったりと過ごす。決してお金のために盲目的に仕事をすることなど考えていない。自分に必要な額を知っているから、それ以上なくてもいいと思っているようだ。税金が高くても、生活が保証されているから、金儲けにがむしゃらにならないのかもしれない。その暮らしぶりもシンプルで機能的でありながら美しい。成り上がりの悪趣味な豪華絢爛さはどこにもみられない。世界で一番、自分たちは幸せであると感じているオランダ人は、自分を他人と比較しない、高望みをしないことで幸福感を味わうらしい。足が地に着いている人たちなんだろうな。
確かに、 欲しいものがどれだけあっても、人は幸せにはなれない。そして、上限のない欲望をコントロールことで、もっと心豊かに過ごせる ー そう思考を転換すれば、ほしがるだけでなく、今あるものを上手に使う工夫もまた楽しいものだと思う。
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