August 20, 2007

差別でなく、偏見でなく、事実からみた犯罪に関する考察

路上で襲われるという話は、ニューヨークの治安がよくなったとされる昨今でも、全くなくなったわけではない。ましてや知り合いがひどい目にあったと聞くと、他人事とは思えない。見ず知らずの人に暴力をふるい、所持品を盗む行為は、顔見知り同士がなんらかの諍いにより起きた事件より卑劣だ。そして、誤解を恐れずに言えば、ニュースで見るかぎり、この手の犯罪者には黒人が多い。知り合いの男性も2人組の黒人の男にやられた。警察に事情聴取されたときも、2人の黒人という以外、何もはっきりとは覚えていないと答えるしかなかったらしい。

私は人種に関して、差別意識はない。でも、実際こうも毎回犯人が黒人であるという事実を突きつけられると、人通りの少ない路上で、黒人の男たちが歩いていたらきっとその通りを避けるか、かなり警戒するだろう。ここではただ「犯罪者は黒人に多い」という事実を述べているだけで、「黒人はすべて犯罪者である」と言っているわけではないと認識していただきたい。また、幼い子供たちを犯罪に巻き込まないよう指導している組織団体も、子供たちには「困ったことがあったら、近くにいる女性に尋ねるように」と指導している。男性の方が犯罪を起こしやすいという統計からだ。これも然り。「犯罪者は男性に多い」が、その逆はあらず、である。

もうひとつは、路上で事件が起きるのは、かなりの確率で「プロジェクト」に近い通りであることも事実だ。知らない人のために補足すると、プロジェクトとは、貧しい人たちが政府から生活保護を受けて住んでいる格安家賃のアパートコンプレックスのことである。しつこいようだが「事件はプロジェクトの近くで起きることが多い」というのは、「プロジェクトの近くで事件は必ず起きる」ということではない。しかし、私の知り合いは、1.プロジェクトからそう遠くはない通りで、2.人通りがまばらな時間に、3.黒人の男2人組に遭遇し、4.ラップトップを小脇に挟んで歩いていたため、事件に遭遇してしまったのだ。

私は人種に関して、差別意識はない。それがプエルトリカンでも、白人でも東洋人でも、もしかしたら日本人でもこの手の事件は起こりうる。でも事実から学ぶと、上記のような条件が揃った時に、何も起るはずがないと確信はできないし、「私は人種差別をするような人間ではない」と証明するために、そこを勇敢に通りすぎる必要もない。身に危険を感じる時、それを否定してはいけない。事件が起こってからでは遅すぎる。